筋肉コラム

【閾値】トレーニングだけでなく、生きていくうえで大切にしている考え【筋肉哲学】

閾値

仕事でも筋トレでも、なんなら生きていくうえで大切にしていること。

共感してくれるかたがいたら嬉しいなぁ。

閾値

「いきち」あるいは「しきいち」と読みます。

  1. ある反応を起こさせる、最低の刺激量
  2. 生体の感覚に興奮を生じさせるために必要な刺激の最小値

ようは、なにかの境となる値ですね。

100まで到達したら、効果が出る。
しかし99では全く効果がでない。
そんな境の値。

例えば

僕は、これって大概のことに当てはまるものだと思っているんです。

勉強でも

あとほんの少し努力できていたら、テストに合格できたのに、
ほんの少しさぼったから、その一問を解けなかったがために不合格だったとか。

プロテインの摂取量でみても

200g飲めば100%の効果がでるのに、ケチって180gしか飲まなかったから、30%の効果しかでないとか。
(たぶんこの言葉的には0-100が本当に意味だから本質的には違うけど(笑))

野球でも

あともう1スイング素振りしていたらホームランが打てていたのにとか。

筋トレでも

ベンチプレスであと1回挙げていれば、筋肉にすごい効いたのに、その1回を怠けたから、成長しなかったとか。

実際には誰にもわからない

大げさな例であるし、その境なんて誰にもわからない。
僕らの日常にあてはめると、あまりに非論理的に聞こえてしまう(笑)

それでも、成長できるか否かは基本ここにあると思っていて、結局はその一線を超えることができるか、できないかなのではないかと思っている。

その線が見えないなら、どこまでも信じて努力できるか。

その線があまりに高いことに気付いたなら、無駄な努力はせずに
さっさと努力の対象を変えるか(これも才能だと思うし)

つまり、なにが言いたいかというと、

この世の中には、努力しているのにダメだと嘆く人がいるけど、それは結局努力が足りないだけなんだと思う。

ほんの少しの、あと一歩の努力ができなかったのかもしれない。

努力という言葉

「努力」
心を込めて事にあたること、
骨をおって実行につとめること、

目的を果たしてこそ、その過程である、「努力」という言葉が真に生まれるのだと思う。

報われるまで貫き通す。

だから、努力は必ず報われるのだ。

この因果を誤ってはいけない。

これは自分への強いメッセージですね。

その一歩が辛くて辛くて、
負けそうになる時があっても、
自分は努力できる人間でありたいなぁー

としみじみ思ったのでした。